街頭演説やブログなどで自己PRされる政治家がどんどん増えてきた。
しかし、多くは中味がないのだ。
パンフレットの内容が具体性に乏しく、ブログにいたっては、今日の食事メニュー、今日の地域イベントした記載のないブログを相当数あるのだ。
政策に関する話題がブログでまったくないことをブログで素直に認めている方がいるがまだこれはいい方だ。
候補者の紹介パンフレットの中には、政治信条だけ書いてあって、具体政策が何も書かれていないものや個別訪問した際に有権者に言われた中で気に入ったものを箇条書きにして、政策分類が訳わからなくなっているものまである。
そして、街頭で提言だと言って語っておられる方もいるようだが、話をよく聞いているうちに、提言に乏しいことに気がついてしまうケースもある。そのことについて質問していくと、詳細を公表すると政策を横取りされるので出さないのだそうだ。
私は、これらの政治家に指示する立場ではないので、これ以上のインタビューはできないが、対応してみて、政策的に未熟なまま選挙準備を優先してやっていることを確認した。
そして、こうなってしまう最大の原因について、候補者のビジネス上の経験と照らし合わせてみて、ある共通する事があることを発見した。
それは、責任ある立場で業務実施した経験がないことなのである。
言われたとおりやるなら、それなりの知能があればできることばかりである。
責任ある立場であれば、そうはいかない。
方針を示し、計画を立て、スケジュールをつくり、漏れがないか、予期しないことが起きないか過去の事例をきちんと調べ、積み重ねることが求められる。
従って、政策を語るのであるなら、政策を分類し、主たる政策の柱を構築し、主要政策毎に精度の高い実施計画書を組み立てる努力がまず必要だということに気づくべきなのだ。
野田首相が、通常国会の施政方針演説にて、前政権の政治家(首相時代)の演説を2度も引用したことが話題になっている。
その演説シナリオは、8部作からなる。
首相の施政方針演説(全文)(1月24日)
(1)「これは4年前、福田総理の演説の一節です」
http://sankei.jp.msn.com/politics/news/120124/plc12012420320016-n1.htm
(2)「がんばっぺ、まげねど、がんばっぺし…そして」
(3)「フロンティアは私たちの挑戦を待っています」
(4)「国民の皆さまのお叱りの声が聞こえます」
(5)「私の言葉ではありません。麻生総理の言葉です」
http://sankei.jp.msn.com/politics/news/120124/plc12012421150022-n1.htm
(6)わが国はアジアにも太平洋にも軸足」
(7)「生まれて良かったと思える国」
(8)「日本の正念場です」
こんなことを言うなら、民主党ではなく、自民党から立候補すればよかったのだ。
マニフェストに書いてある公約をまったく実現できず、与野党協議をしきりに提案し、
国会での議論を空洞化させる一方で
自民党政権時代の首相の言葉を引用までするのだ。
こうなったのは、自民党のせいだと言いたいのであろう。
しかし、はっきり言おう。
これでは、松下政経塾の恥だ。
塾では何を教えてきたのかと思いたくなる。
塾長はこんな程度の政治家を大量に排出させてしまった社会的責任をとるか、批判声明を出すべきだ。
政治戦略というと自分だけ得することだけが戦略と考えがちだが、実はそうではない。
注意深く考えれば、
自分も相手も得をするケース
自分は得しないが相手にも得をさせないケース
自分は損をまぬがれ相手だけ損をするケース
があることがわかるはずだ。
そう考えると、自分だけ得するケースには
自分だけが得をして相手に損をさせるケースのほかに
自分が得をするが相手に得をさせないケースもあることに気づくはずだ。
特に、外交は相手が存在して成り立つことなのであるから、いたずらにクリーンヒットのみを狙ってもがき苦しみ、相手に最初から手の内を読まれるよりは、如何にして相手に得をさせないかという視点も必要なのではあるまいか?
政治信条は、イデオロギー的なことを含めてどんな主義主張なのを文章化したものと定義できる。
政治信条は、省略しようと思えば省略できるが、有権者から見ると、これがどうなっているかどうかで政治家として本物指向かそうでないのかを見分ける判断基準となる。
本物指向の政治家、実力ある政治家ならば、政治信条を明確にすべきものであるが、新人候補については、時間をかけて熟成させ、確定した部分から徐々に演説原稿の中に組み込むことが必要である。
必要なら、尊敬する思想家の名言を引用するのがいいだろう。
政治信条は、演説原稿全体の論理構成の起点となるため、これがあることで演説原稿の論理の流れがスムーズなものとなる。つまり、こういう政治信条なので、主たる政策の柱、個別の政策展開がこうなるというというシンリオが描きやすくなるということでもあるのだ。
実は、ある地方議会にて、不正追及の質問が出されたことを確認したが、知事も同僚議員も見て見ぬふりを決め込んでいるようである。
詳細、以下の動画にで確認可能である。
【小野寺まさる&砂澤陣】暴かれたアイヌ利権の実態 Part1 [桜H23/12/21]
http://www.youtube.com/watch?v=URRyaCPlWuo
【小野寺まさる&砂澤陣】暴かれたアイヌ利権の実態 Part2[桜H23/12/22]
http://www.youtube.com/watch?v=KrPFafFFRJE
明けましておめでとうございます。
昨年は、ツイッターブームだったが、ブログを開設する議員も増えてきた。
これらの議員のサイトを読まさせていただいた、共通する感想である。
・そもそも文章能力も政策立案能力もない候補者は、ツイッターのみ開設している。内容も掲示板投稿レベルである。
・実力ない議員(候補者)は、政策についての話題がまったくない。
・ある程度、議会対応できる程度の議員ブログは、ブログの文章量は多いが、文章の乱れが認められる。論理的でないものも一部ある。
・実力ある議員は、ブログを一定間隔で更新しており、その内容はオリジナルである。ときに名文でもある。
つまり、ブログやツイッターは有能な議員はさらに高評価を得、そうでない議員はやはりダメかと判断されるツールなのである。
従って、ボロを出したくないなら、ブログやツイッターなどしないことだ。やるにしてもそれなりの人に原稿を提供いただくのがいいだろうが、いずれブログと同じレベルで本人が原稿作成しなければならない事態に直面することだけは覚悟しておいた方がいいと思う。
ここ数年、全国各地の政治家の事務所に連絡をとる機会があり、評判がいい議員ほど、意見、要望等に対する、処理、受け答えがしっかりしていることを知った。
単なる言いっぱなしではなく、きちんとした返事が来るのである。
議員本人から、電話やメールを頂戴し、こちらが恐縮することもある。
そして、議員本人が、こちらの言い分を寸分の狂い無く話されたときに、こちらは要望は伝わったことを確信するのである。
私は、意見や要望がいつも実現するとは思ってはいないが、それが要望としてと正確に伝わり保管されていることを望んでいる。
また、それができるのは、秘書、事務所のスタッフを含め、日頃から対応メモが習慣化されていることが前提であることも理解しているつもりである。
なお、こういう習慣は、あまり票にはならないかもしれないが、支援者にとってはさらに支援しようという気持ちが高まると同時に、時期を見て寄付する動機にもなるのだ。
最後に、寄付がまったく集まらず、その理由がわからない方は、有権者からの意見、要望、陳情を自分できちんとメモし保管してきたかどうか、電話などで返事していたか確認することをおすすめする。